経営のあるべき姿を求めていた頃、伊那食品工業の元社長・塚越寛さんに、何度もお会いする機会をいただきました。その際、塚越社長が繰り返し語られていた言葉があります。
「創業以来、大切にしてきたことは、社員一人ひとりの人間的成長です。社員の成長があってこその会社です。」
この言葉は、その後の私の経営の大きな指針となってきました。今回は、この言葉を自分なりにどのように実践してきたのかを述べてみたいと思います。
創業当時、入社してくる社員の多くは、転職を繰り返し、人間関係も不得手で、何らかの問題を抱えている人たちでした。仕事上の注意をすると、腹立ちまぎれにハンマーで機械を叩いたり、机を壊したりする者もいました。忘年会では、会社の悪口や処遇への不満が公然と飛び交う。――今思い返しても、例えようのない集団だったと思います。
しかし、当時の私たちには、そのような人たちしか来てくれない現実がありました。資金も乏しく、工場は波スレート張りで、冬は風が吹き込み、夏は蒸し風呂のような環境でした。設備も中古品が精一杯でした。
それでも私は、いつか冷暖房の整った工場を建て、新しい設備を導入し、新卒の社員が希望を持って入社してくれる会社にしたいと願い続けました。そして何より「社員一人ひとりの人間的成長を育むこと」を経営の中心に据え、粘り強く取り組みを続けてきました。
まさに「念ずれば花ひらく」という言葉の通り、少しずつ社員の表情や言動が変わり、職場に規律と温かさが生まれてきました。その積み重ねが実を結び、冷暖房のある新工場の建設、最新鋭設備の導入、そして、新卒社員が集まる会社へと成長することができました。
会社の成長は、社員一人ひとりの人間的成長の積み重ねである。――塚越寛さんの言葉は、今も私の経営の原点であり続けています。
次に、私が具体的に行ってきたことを紹介いたします。
- 行動基本方針への取組
行動基本方針として、まず取り組んだのが、「挨拶をします。掃除をします。履物を揃えます。」の三つでした。特別なことではなく、いわば幼稚園から始まる基礎的な教育です。私は社員に、「これらのことが家庭で自然にできたら、どんな家庭になると思いますか?」と呼びかけながら、この取り組みを始めました。
挨拶は、人と人との関係を良くする “人間関係の環境づくり” の基本です。
掃除は、職場や暮らしの “場の環境づくり” の基本です。
そして、履物を揃えることは、次に使う人への思いやりの表れです。
この三つの基本行動が身につけば、相手から喜ばれ、結果として自分自身も活かされていく。私は、この「三拍子」こそが、人として、そして社会人としての土台になる行動だと考えました。
- 秀観塾の開催
会社に不満があるのであれば、どうしたらよくなるのか。その答えを、社長も社員も肩書を外し、納得できるまで話し合う場として始めたのが「秀観塾」でした。
不満を言いっぱなしにするのではなく、話し合ったことは必ず実行する。その積み重ねによって、共に「いい会社をつくる社風」を育んでいくことを目的としました。
「秀観塾」という名称には、私たちの原点となる思いを込めています。「秀」は、ナカヤマグループ第一創設者である中山秀次郎の、誠実な生き方にあやかったものです。「観」は、前会長・田中春雄が篤く信仰していた観音様から取りました。そして「塾」は、トップも社員も立場を越えて、共に学び合う場であることを意味しています。
現在では、この秀観塾の活動が発展し、社員参加による経営計画づくりへと広がり、「拡大秀観塾」として継続されています。
- 読書の奨励
以前、学校の先生から「勉強好きな子どもたちに共通しているのは、家庭に本があることです」という話を伺ったことがあります。社員一人ひとりの人間的成長はもちろんのこと、社員の子どもたちが本に親しみ、学ぶことを楽しめる家庭をつくりたい。――そう考え、会社として読書を奨励することにしました。
もう一つの目的は、読書後に感想文を書く習慣づくりでした。感想文を書くことは、自分自身を振り返り、気づきを得て、自らの成長につなげる大切な機会になります。
さらに、その感想文を職場で発表することで、一人ひとりの気づきが共有され、社員同士が互いに学び合う場になることを願い、この取り組みを続けてきました。
- 掃除への取組
掃除は、会社を成長させていくうえで、基本中の基本だと考えています。
掃除とは、単に汚れを取り除くことではなく、場に本来備わっている機能やよさをよみがえらせる行為です。同時に、掃除に取り組む社員一人ひとりの中に「気づく心」を育み、人間的成長を促してくれます。
汚れに気づくようになると、汚さなくなり、人も物も大切になる。――私はそう信じています。
特に、社長自らが下座に降り、社員と共に環境整備に取り組むことで、人間関係がよくなり、「この会社をもっと良くしていこう」という共感が職場に生まれてきました。掃除は、環境を整える活動であると同時に、社員一人ひとりの人間的成長を育む、何よりの教育だと考えています。




